長崎家庭裁判所佐世保支部 昭和41年(家)5号 審判 1966年2月02日
申立人 大山永一(仮名) 外一名
事件本人 吉田保(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
申立人らは「申立人らが事件本人吉田保を養子とすることを許可する」との審判を求め、その審立理由の要旨は「申立人らは昭和二一年ごろ事実上の夫婦となり、昭和二四年三月一五日婚姻届出をしたが、不和を来して昭和三一年ごろ別居した。申立人永一はその頃から申立外熊野ミチと同棲し、ミチの先夫の子である事件本人を実子同様にして養育してきたが、事実上の養父である申立人永一と事件本人とが氏を異にすることは、事件本人の進学その他に何かと不便である。よつて事件本人を申立人らの養子として申立人らの戸籍に入籍させ、大山の氏を称させてやりたく、申立人京子もこれを承知したので本件申立に及んだ」というのである。
申立人ら、熊野ミチおよび事件本人の各戸籍謄本、申立人両名および熊野ミチの各審問結果を綜合すると、次の事実を認めることができる、すなわち「申立人らは昭和二一年初頃事実上の夫婦となり、昭和二四年三月一五日婚姻届出をなし、夫婦間に長男忠男(現在二〇歳)、長女久子(現在一四歳)をもうけたが、やがて不仲となつて昭和三一年ごろ別居し、その後申立人永一は申立外熊野ミチと同棲し、同女との間に非嫡出子孝男(現在七歳)をもうけ、子の氏変更によつて孝男は申立人ら戸籍に入籍している。熊野ミチには先夫との間に生れた事件本人保があり、保は亡父吉田一郎の戸籍に在籍しているが、申立人永一はミチと同棲後今日まで事件本人をミチと共同して養育し、事件本人も申立人永一を真実の父と信じており、現在中学校三年生で、大山保と呼称して通学している。申立人らの間で昭和三二年ごろ離婚調停がなされたが不成立に終り、現在でも申立人京子は、前記長男、長女のためを考えて申立人永一との離婚に応ずる意思がない。申立人永一および熊野ミチは、事件本人の高校進学を目前にして、その氏のことから申立人永一との身分関係が事件本人に知れることをおそれ、これを避けるためには事件本人を申立人らの養子として申立人戸籍に入籍させ、法律上も大山の氏を称させるにしかずと考え、申立人永一は申立人京子には右事情を説明して右縁組に承諾を求めた。申立人京子は、事件本人と全く面識がなく事件本人を養育することなど考えていないが、長年別居状態にありながら申立人永一の離婚の申出に自己が応じなかつたために、事件本人をこのような不安定な立場に立ち至らせたものと考え、事件本人に同情して縁組を承諾し、申立人永一とともに本件申立をなすに至つた。申立人永一と申立外熊野ミチは今後とも同棲を継続し、両名のもとで事件本人を養育してゆくつもりである。」
ところで、未成年者養子縁組の目的とするところは、養親が養子を愛情にもとづいて健全に育成し、融和な親子関係を形成し、もつて子の福祉をはかることにあり、養親の養子に対する監護教育がその中核であることはいうまでもない。しかるに本件においては、養親となるべき申立人京子は、前示のとおり事件本人を引取ることはもちろん、養育する意思さえ現在のところ全くなく、(縁組意思そのものは否定できないが)、事件本人の実母も事件本人の養育を申立人京子に委ねる考えのないことが明らかである。このように親子らしい愛情の交流がなく、親子の実体を備えないことの明らかな縁組は、何ら子の福祉に資することがないばかりか、もし本件縁組がなされたならば、事件本人は愛情深い実母の親権を奪われ、代わりに愛情のない養母の形式的な親権に服さざるをえなくなり、かかる結果は前記未成年者縁組の精神に反すること多言を要しない。
また、前示認定のとおり本件縁組の当面の狙いは、事件本人の氏を法律上「大山」にすることにあると看取される。縁組によつて養子は養親の氏を称することになるが、これは縁組の副次的効果であつて、氏変更を目的に縁組をはかることは本末顛倒も甚だしく、養子縁組制度を形式的に利用するものとして許容しがたい。
もつとも、本件縁組によって事件本人は事実上の養父である申立人永一と親子関係を生じ、事件本人に有利な結果を将来するであろうが、夫婦共同養子を建前とするわが法制のもとでは、たとえ養子たるべき者と養親たるべき配偶者の一方との間では縁組が相当と認められても、配偶者の他の一方との間で縁組が子の福祉に合致しない等の事情があるときは、結局縁組全体を許さずとなさざるをえない。
以上の次第であるから、本件縁組は許しがたいものとしてその許可申立を却下するが、付言するならば、事件本人もすでに人事に関する判断能力を有する年齢に達しており、申立人永一と実母との関係を察知しているやもしれず、また早晩これを知ることは必至であるから、本件申立のごとき姑息な逃避的手段をとることなく、機会をみて巧みに真実を告げる等の措置をとるべきであろう。
よつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 藤野岩雄)